Interviewインタビュー

第2弾『狂武蔵』を支えた男たち

Vol.4
長野泰隆(撮影監督)カラサワイサオ(アクション監督)

狂気と覚醒

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カラサワさんは、撮影中に腕が折れても目が潰れても何があってもカメラを止めるなと拓さんから事前に指示されていたそうですね。拓さんが骨折する瞬間もありましたが(注:撮影中に指と肋骨を骨折)、これは止めた方がいいという場面はなかったのでしょうか。
カラサワ:
いや、ない。なかったですね。
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それは拓さんを信用しての気持ちなのか、何があっても止めないという気持ちからだったのか覚えていますか?
カラサワ:
俺もスタントマンなんで、何かあった時に止められちゃうのはね。やっぱり一番おいしいところが使えなくなってしまうので、死ぬことはないだろうっていう前提で「死ななければ止めないでいこうよ、みんな」みたいなノリですよね。俺もそういう意識で仕事してるし。
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拓さんが骨折した瞬間は気づかれましたか?
カラサワ:
気がつかない。それにもっといろんなところが痛かったと思うんだけど、そういうのって怪我した時は分かんないんだよね、あんまり。だから“折れた”じゃなくて“折れてた”みたいなノリなんだよね。格闘技の試合もそうだと思うしスタントでもそうなんだけど、たぶんリアルタイムでここを怪我したって感じるのはよっぽど血とかが出ない限り分かんないんだよね。当たってるわけだから痛いは痛いと思うんだけど、テンションも通常の状態じゃないから。
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長野さんは拓さんを撮っている時に、拓さんが変わってきているなと感じるような段階はどこかにありましたか? 鬼気迫るものがあったとか……。
長野:
何分かは覚えていないんですけど、橋を渡って剣術家とやりあったあと辺りだったかな。拓さんの目つきというか、空気が全然違ってきたというか。それまでは普段僕が知っている坂口拓だったんですけど、そこからは見たこともない拓さんになってたっていうのは実際ありましたね。僕もそこから撮ってる記憶がほとんどないんですよね。あまり覚えてないというか。
──
これは下村勇二さんが話されていたのですが、前半は段取りっぽさがあるけれど40分辺りで拓さんの動きが変わってきたと。おそらく1度限界がきて、そこから無心になったのか体の使い方もいままで力を入れて相手を見ていたのが相手を見なくなって、だらんとなって感覚的に来たものに対して反応しているだけという。
カラサワ:
そうそうそう。ほんと後半ぐらいからね。
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下村さんはワンカットの中で拓さんの目つきが変わって、どんどん強くなっていく様が見えると。それを現場にいた方々がどう感じていたのか聞いてみたいと話されていました。
カラサワ:
なんか後半ね、宮本武蔵を見ちゃったんだよねウチらは。拓ちゃんがその状態になって、スタントマンというか絡みが行けなくなっちゃったぐらいなの、ビビッて。アニメとかでもあるじゃない、『北斗の拳』の“無想転生”じゃないけどさ、よくそういうシーンが。完全にそういうモードに入っちゃったんだよ、拓ちゃんが。もうノールックで、殺気で敵を察知できて最小限で倒すっていう技術を身につけちゃったんだよね、力がなくなってから。そうしたら、みんな行けなくなっちゃったの。だけど、そこを俺が「行け!」っていって。だって行かないと。だからそこが結構一番大変だったんだよね。最初は案外フォーメーションだけで良かったんだけど、拓ちゃんがあそこまで強くなっちゃってから、俺がもう指示の出し方とかいろいろ本当に大変になって。
──
拓さんが劇中、「来いよ」みたいな形で手招きしていましたしね。確かに周囲も躊躇しているような雰囲気でした。
カラサワ:
それでも俺は行けって言ってるんだけどね。もうみんなビビっちゃって。しかも拓ちゃんがプロテクターの入ってないところを打ち始めちゃって(笑)。とりあえず来たら斬る、みたいな。いままでアクション映画を撮ってて、ほかの映画でもそうだけどあんな姿を見たことがなかったから。人が限界を迎えて、そこから強くなっていくみたいな。だから昔の強い人ってたぶんこういう戦いをしてたんだなっていうのをウチらは見ちゃったんだよね、あの時に。見ちゃいけないものを見ちゃったんだよ。だからアクションに対してとか戦いに対してとかも全部含めて、見方が変わっちゃった。
──
拓さんは「ゾーンに入った」と表現されていました。後半の記憶がない、とも。
カラサワ:
俺は逆に、拓ちゃんがゾーンに入ってきた40分ぐらいからの方が覚えてるんだよね。前半は何よりも「成立させよう」みたいな、段取りで回った時にバレちゃいけないとかとにかく集中したんだけど、後半のゾーンに入ってからはどっちかっていうとバレものもだんだんなくなってきて戦う方に集中し始めてるから、どうやって戦ったらいいんだろうっていう。本当に、強い人と戦ってるみたいな感じになったっていうか。後半のあの感じはテストの時には出なかったから。本人の中にもあくまでテストって感覚があるから、何回やってもあの感覚は本番じゃないと出なかった。
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計算ではなく、本番で拓さんは自然とああなってしまったと。
カラサワ:
そう。 拓ちゃんが言ってたんだけど、配分を間違えちゃったって(笑)。気づいたらまだ10分ぐらいしか経ってなかったらしくて、体力の配分を間違えて前半で使っちゃったんだよね。だから途中途中の水を飲んでる時、出たくないって顔してたからね。
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後半は握力もなくなっていたそうなので。握るというよりは触れているような感じだったそうです。
カラサワ:
今は刀ってラバーを使ってるけど、『狂武蔵』は俺が木刀を1本1本手作業で削ったんだよね。あれ以上太いとさすがに木刀に見えちゃうし、ギリギリ強度のある薄い感じを狙って。ラバー刀って、結局は当たれば痛いし打撃武器みたいになるじゃない。日本刀は叩いて斬るものじゃなくて滑らせて斬るものだから。スタントでも本来の刀を知っていればラバー刀から入っても大丈夫だけど、いきなりラバー刀から入っちゃうと当てていいんだなって使い方になっちゃう。当てるにしても斜めに滑らせて斬るものだから、本当に上手くいくならアルミ刀で良いんだよね。ちゃんと練習期間があって優秀なスタントが集まるならアルミ刀で出来る。でも『狂武蔵』ではそうはいかなかったから。

同調と融合

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長野さんのカメラワークも途中から変わったように見えました。カメラを通して観ているのではなく、まるで本当に人の目を通して作品を観ているというか。
長野:
いや全然意識したわけではないですよ。でも、拓さんと一緒になっているので。
カラサワ:
あれって難しいですよね。偶然といえば偶然もあるし、感覚でやってる偶然もあるし、いろんなものが70分の中で行ったり来たりしてるから。みんな何かベースがあってやってるわけじゃないじゃないですか。
長野:
そうなんですよね。
カラサワ:
拓ちゃんもそうだったし、長野さんも俺もそうだったし。すごく臨機応変にやっていて、それでいて感覚的な部分も信じつつやってるから。本当に比較できないんですよね、いままでと類似するものがないんですよ。
長野:
武蔵を撮ってるっていう感覚は全然なかったっていう。もう坂口拓っていう一人称みたいな捉え方でしたよね。
カラサワ:
俺、前日もすごいプレッシャーでね。あれを成立させなきゃっていうのがあって。でも逆に寝れたんだよね。中途半端に緊張していると寝れなくなるじゃないですか。だけどこれは寝なきゃいけないと思ったら寝れたんだよね、ちゃんと。なんか前の日は変な状態で、普通なら明日は成功させなきゃって思うとドキドキするけど、すごく事務的な感じになっていって。明日は100%の状態でいないといけないみたいな感じに思ってたら、逆に普通に前日を過ごせたというか。
長野:
僕も同じであまり意識はしてませんでしたね。不思議なんですけど。
カラサワ:
普通、作品を何かやる時ってあれどうしようとか準備どうしようってなっていろいろ考えて寝れなくなったりすることがあるけど、『狂武蔵』の時はなかったんですよね。
長野:
あれをやるっていう時に考えても仕方がないんですよ、本当に(笑)。
カラサワ:
テストすら失敗したぐらいだしね。どうすんだ、みたいな。
──
では同じ場所、同じ環境、同じ設定でも二度と撮れない作品ということですか。
長野:
それはそうですよ。絶対にそうだと思います。なんとなく、あの時の坂口拓だからできたとは思いますよ。
カラサワ:
なんか普通の作品って、やっぱり部署があって撮ってるみたいな感じがあるんですよ。それでどこか仕事みたいな感覚が消えないんだけど、『狂武蔵』の時はみんななんかそういうのはぶっ飛んでましたよね。武蔵じゃないけどみんなテンションで動いているというか。
長野:
そう。だから先ほどからカメラマンとしてって聞かれるんですけど、カメラマンとしての自覚は撮ってる時は全くなかったんですよ。
カラサワ:
拓ちゃんが何て言うか分かんないけど、だから俺も狂武蔵なんですよ。長野さんもそうだったと思うし。拓ちゃんは出てる大変さもあったと思うけど、出てない人たちの大変さもあるし、この3人がどこかでちょっとミスるだけでも全く成立しない作品なので。なんか仕事じゃなかったですよね(笑)。

(ライター:葦見川和哉)